地域におけるナレッジ・スピルオーバー——知が伝わる地域が強くなる理由

地方の企業支援の現場を歩いていると、 「うちの町には産業がない」「人材が流出してしまう」 そんな声を聞くことが少なくありません。 しかし、本当に“何もない”のでしょうか。 私の経験から言えば、地方には確かに「資本」や「人口」は少ないかもしれません。 けれども、“知”の蓄積は豊かです。 しかも、それは企業や人の間を目に見えない形で流れ続けています。 この“知の流れ”こそが、地域経済を静かに支える血流、 すなわち ナレッジ・スピルオーバー(knowledge spillover) なのです。

■ ナレッジ・スピルオーバーとは何か ナレッジ・スピルオーバーとは、 一社や一人の中に生まれた知識や経験が、 周囲の企業・人・地域に「こぼれ落ち」、共有され、活かされていく現象を指します。 たとえば、 地元企業の職人が培った技術が、別業種の開発に応用される。 先進企業の経営手法が、地域勉強会を通じて他社に伝わる。 地方大学の研究が、中小企業の製品開発に役立つ。 こうした「知の越境」が連鎖すると、 地域全体の競争力が上がり、“一社では起こせないイノベーション”が地域単位で生まれるのです。

■ ファミリービジネスと地域知の関係 特に地方では、企業の多くがファミリービジネスです。 その強みは、「長期視点」と「地域密着」にあります。 代々の経営を通じて、地域との関係・取引・技術が積み重なり、 結果的に「地域の知の担い手」となっています。 たとえば、 伝統工芸の企業が持つ素材加工技術が、医療器具開発に転用される。 地元建設会社の現場ノウハウが、防災まちづくりの計画に活かされる。 家業の食品加工技術が、地域の観光商品開発に繋がる。 こうした動きは、企業単体の努力ではなく、 「知が他者へ流れる仕組み」=スピルオーバー構造が存在して初めて起こります。

■ 「知が伝わらない地域」は、やがて停滞する 逆に、知が閉じた地域には共通点があります。 企業同士の関係が表面的(競合関係に終始) 金融機関や行政が“情報の橋渡し役”になっていない 大学・研究機関と企業の距離が遠い 若者が地域内で学びを循環させる場がない こうした地域では、 せっかく良い実践や技術が生まれても、それが共有されず、 「個社の成功が地域の成長に繋がらない」という現象が起きます。 ナレッジ・スピルオーバーの欠如は、 目に見えない「地域の知的損失」を生み出します。

■ 吸収能力(Absorptive Capacity)との連動 知が“こぼれる”だけでは、地域は成長しません。 それを“受け取る力”があるかどうかが鍵です。 ここで重要なのが、「吸収能力(absorptive capacity)」という概念です。 これは、外部の知識を取り込み、自社の知と統合し、活用する力のこと。 ナレッジ・スピルオーバーが活発な地域では、 中小企業が他社事例を自社に合わせて応用する力 行政・大学・企業の間で学びを翻訳できる人材 地域全体で「試す文化」が根づいている これらの“知の吸収メカニズム”が育っています。 つまり、知がこぼれる(spill)→受け取る(absorb)→再発信する(diffuse)という循環がある地域こそ、 持続的に発展するのです。

■ ナレッジ・スピルオーバーを起こす3つの仕組み ① 共有の「場」をつくる 異業種が対話する勉強会、商工会議所の承継塾、産学官連携フォーラムなど。 形式よりも大切なのは、「学びを持ち帰る設計」をすることです。 ② 翻訳者(ブリッジャー)を育てる 経営者・大学人・行政担当・金融機関など、 立場を越えて「知をつなぐ人」を地域に育てる。 この“知の翻訳者”が多い地域ほど、スピルオーバーは加速します。 ③ 共有から「共創」へ進化させる 単なる情報交換で終わらせず、共通プロジェクト化する。 一緒に補助金を取る、一緒に開発する、一緒に販売する。 この「一緒にやる」経験が、知の定着と信頼を生みます。

■ 企業にできること:地域に“知の余白”を残す スピルオーバーは意図的に起こせるものではありません。 しかし、「知が外に伝わる余白を残す」ことは、企業の努力で可能です。 たとえば、 自社の技術を地域セミナーで発表する 他社とノウハウを共有できる部分を明示化する 若手社員を外部プロジェクトに参加させる これらの行為が、結果的に地域の知的基盤を厚くします。 知を囲い込むのではなく、「開くことで価値を増やす」**発想が必要です。

■ 地域経済の未来は「知の関係性」で決まる これからの地域経済の競争軸は、 補助金や誘致ではなく、「知の流通速度」です。 一社の成功が他社の成長を刺激し、 他社の挑戦が地域の誇りを生む。 そうした“知の連鎖構造”があって初めて、地域は自立的に発展します。 私たちは、ファミリービジネスの現場を中心に、 この“知の血流”を可視化し、流れを設計することを使命としています。

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2025年10月20日